タンパク質とエネルギーが不足して起こる低栄養状態をPEM(Protein energy malnutrition/タンパク質・エネルギー栄養障害)と言います。高齢の方に多く見られ、低栄養状態が長く続くと日常生活に支障をきたし、やがて寝たきり状態を招きます。PEMにも軽症・重症とあり比較的軽い低栄養の状態では、栄養管理が効果的です。疾患を合併している場合や重症の場合は、NST(医師、看護師、薬剤師、管理栄養士などで構成される栄養サポートチーム)の介入が必要になります。高齢者の栄養不良とならないような献立例(タンパク質・エネルギー・脂質量など)、また、年齢性別にあった必要栄養量もご紹介します。
高齢者はPEMになりやすい
高齢になると単純に食欲が低下することだけでなく、長年蓄積された食習慣や調理方法、また食べ物の好みなどから献立にバリエーションが無く固定化してしまうことがあります。年齢とともに唾液の分泌も低下するので、飲み込みにくいパサパサした生野菜を敬遠したり、歯の欠損により固い肉や魚を食べにくくなることなどが原因で、食事内容が偏り低栄養状態になってしまうのです。
一般的に、地域や社会生活の中で積極的な活動をしたり、役割を持っている高齢者は栄養状態も良好であることが多いのですが、家に閉じこもりがちであったり、病気などで寝たきりの高齢者は十分な食事が摂れているとは言い難いのが現状です。
また、低栄養状態は感染症や合併症を招きやすく、PEMきっかけで重篤な疾患にかかることもあり、場合によっては死に至るケースもあります。
PEMかどうかの判定方法
自身が低栄養状態にあると、自分で判断できる方はそう多くはないでしょう。逆に言うと、低栄養状態だと自覚のある方は、何らかの対策を立てたり、病気の有無も関係してきますが、かかりつけ医、栄養士などの専門家に現状の食生活を改善する方法を相談するだろう。
75歳以上の高齢者で、「病気なしで歯も丈夫、食欲も若いころと変わらない」という方もまれにいらっしゃいますが、多くの高齢者の方が知らず知らずのうちに低栄養状態になっている可能性があるのです。
どのように低栄養状態か判断するかというと、血液中の血清アルブミン濃度を測ります。血液成分のうち血清アルブミンは、高齢者の栄養状態を示す指標のうち、もっとも有効な判断材料です。血清アルブミン濃度が3.5g/dl以下で低栄養状態と判定されます。
測定項目 | 栄養状態良好 | 栄養不良(軽度) | 栄養不良(中度) | 栄養不良(重度) |
血清アルブミン濃度(g/dl) | 3.5~5.0 | 3.1~3.4 | 2.4~3.0 | 2.4以下 |
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1日に必要なタンパク質量
低栄養にならないために、1日あたりのタンパク質量、エネルギー量はどれくらい必要か、日本人の食事摂取基準を参考に見てみましょう。日本人の食事摂取基準は、健康増進法(平成14年法律第103号)第16条の2の規定に基づき、国民の健康の保持・増進を図る上で摂取することが望ましいエネルギー及び栄養素の量の基準を、厚生労働大臣が定めたものです。
性別 | 男性 | 女性 | ||||||
年齢等 | 推定平均
必要量 |
推奨量 | 目安量 | 目標量1 | 推定平均
必要量 |
推奨量 | 目安量 | 目標量1 |
0~5(月) | ― | ― | 10 | ― | ― | ― | 10 | ― |
6~8(月) | ― | ― | 15 | ― | ― | ― | 15 | ― |
9~11(月) | ― | ― | 25 | ― | ― | ― | 25 | ― |
1~2(歳) | 15 | 20 | ― | 13~20 | 15 | 20 | ― | 13~20 |
3~5(歳) | 20 | 25 | ― | 13~20 | 20 | 25 | ― | 13~20 |
6~7(歳) | 25 | 30 | ― | 13~20 | 25 | 30 | ― | 13~20 |
8~9(歳) | 30 | 40 | ― | 13~20 | 30 | 40 | ― | 13~20 |
10~11(歳) | 40 | 45 | ― | 13~20 | 40 | 50 | ― | 13~20 |
12~14(歳) | 50 | 60 | ― | 13~20 | 45 | 55 | ― | 13~20 |
15~17(歳) | 50 | 65 | ― | 13~20 | 45 | 55 | ― | 13~20 |
18~29(歳) | 50 | 65 | ― | 13~20 | 40 | 50 | ― | 13~20 |
30~49(歳) | 50 | 65 | ― | 13~20 | 40 | 50 | ― | 13~20 |
50~64(歳) | 50 | 65 | ― | 14~20 | 40 | 50 | ― | 14~20 |
65~74(歳)2 | 50 | 60 | ― | 15~20 | 40 | 50 | ― | 15~20 |
75以上(歳)2 | 50 | 60 | ― | 15~20 | 40 | 50 | ― | 15~20 |
妊婦(付加量)
初期 中期 後期 |
+0
+5 +20 |
+0
+5 +25 |
―3
―3 ―4 |
|||||
― | ||||||||
― | ||||||||
― | ||||||||
授乳婦(付加量) | +15 | +20 | ― | ―4 |
1 範囲に関しては、おおむねの値を示したものであり、弾力的に運用すること。
2 65歳以上の高齢者について、フレイル予防を目的とした量を定めることは難しいが、身長・体重が参照体位に比べて小さい者や、特に75歳以上であって加齢に伴い身体活動量が大きく低下した者など、必要エネルギー摂取量が低い者では、下限が推奨量を下回る場合があり得る。この場合でも、下限は推奨量以上とすることが望ましい。
3 妊婦(初期・中期)の目標量は13~20%エネルギー/日とした。
4 妊婦(後期)及び授乳婦の目標量は15~20%エネルギー/日とした。
1日に必要なエネルギー量
次に、一日あたりのエネルギー(カロリー)を見ていきましょう。
1身体活動レベルは、低い(Ⅰ)、ふつう(Ⅱ)、高い(Ⅲ)の三つのレベルとして示しています。
性別 | 男性 | 女性 | ||||
身体活動レベル1 | Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ |
0~5(月) | ― | 550 | ― | ― | 500 | ― |
6~8(月) | ― | 650 | ― | ― | 600 | ― |
9~11(月) | ― | 700 | ― | ― | 650 | ― |
1~2(歳) | ― | 950 | ― | ― | 900 | ― |
3~5(歳) | ― | 1,300 | ― | ― | 1,250 | ― |
6~7(歳) | 1,350 | 1,550 | 1,750 | 1,250 | 1,450 | 1,650 |
8~9(歳) | 1,600 | 1,850 | 2,100 | 1,500 | 1,700 | 1,900 |
10~11(歳) | 1,950 | 2,250 | 2,500 | 1,850 | 2,100 | 2,350 |
12~14(歳) | 2,300 | 2,600 | 2,900 | 2,150 | 2,400 | 2,700 |
15~17(歳) | 2,500 | 2,800 | 3,150 | 2,050 | 2,300 | 2,550 |
18~29(歳) | 2,300 | 2,650 | 3,050 | 1,700 | 2,000 | 2,300 |
30~49(歳) | 2,300 | 2,700 | 3,050 | 1,750 | 2,050 | 2,350 |
50~64(歳) | 2,200 | 2,600 | 2,950 | 1,650 | 1,950 | 2,250 |
65~74(歳) | 2,050 | 2,400 | 2,750 | 1,550 | 1,850 | 2,100 |
75以上(歳)2 | 1,800 | 2,100 | ― | 1,400 | 1,650 | ― |
妊婦(付加量)3 初期
中期 後期 |
+50
+250 +450 |
+50
+250 +450 |
+50
+250 +450 |
|||
授乳婦(付加量) | +350 | +350 | +350 |
2 レベルⅡは自立している者、レベルⅠは自宅にいてほとんど外出しない者に相当する。レベルⅠは高齢者施設で自立に近い状態で過ごしている者にも適用できる値である。
3 妊婦個々の体格や妊娠中の体重増加量及び胎児の発育状況の評価を行うことが必要である。
注1:活用に当たっては、食事摂取状況のアセスメント、体重及びBMIの把握を行い、エネルギーの過不足は、体重の変化又はBMIを用いて評価すること。
注2:身体活動レベルⅠの場合、少ないエネルギー消費量に見合った少ないエネルギー摂取量を維持することになるため、健康の保持・増進の観点からは、身体活動量を増加させる必要がある。
PEM予防の献立例
それでは実際に、高齢者のPEMを予防するための食事内容はどのようなものか、紹介していきます。栄養士は個々人の身体状況や栄養状態、要介護、嚥下機能の状態に合わせて、個別に栄養ケアを行うことができます。
歯の欠損がある方には、歯茎でつぶせる程度の硬さに野菜を煮込んだり、嚥下機能の低下した方には飲み込みやすいようにとろみをつけた料理や、お味噌汁をムース状にしたりもします。どの年代のどのような身体状況の方でも、安全で楽しく食事ができるような工夫をしています。
例えば、75歳男性に合った食事内容は一体どのようなものなのでしょうか。
最近食べ物を飲み込みにくいと感じることが多くなり、食欲が無くなってきた。
推奨必要エネルギー 1800kcal
推奨必要タンパク質 50g
この男性は、嚥下機能の低下が見られますので、柔らかい粥軟菜・きざみ食、パンはトーストではなくパン粥にします。卵はただ茹でたり焼いたりすると黄身が固くなりパサつきやすいので、低脂肪乳を加えてスクランブルエッグにしました。キウイフルーツはすりおろして食べやすくしました。朝食のエネルギーは合計688kcalです。
朝食 688kcal | ||
料理名 | 食品名 | 1人あたりの正味量(g) |
パン粥 |
6枚切り食パン 低脂肪牛乳 はちみつ |
60 150 6 |
野菜スープ(とろみ有) | 玉ねぎ 人参 大根 ピーマン ハム コンソメ 水 塩コショウ とろみ調整 |
8 5 8 8 8 0.6 150 0.3 1 |
スクランブルエッグ | 卵 低脂肪乳 塩 砂糖 油 トマトケチャップ |
50 15 0.3 2 3 2 |
果物 | キウイフルーツ(おろし) | 42 |
続いて昼食です。南蛮漬けと言えば鯵ですが、鯵は固いので、身がほぐれやすい鮭を使います。野菜類は細かく刻みます。くるみ和えのくるみはペーストにします。昼食のエネルギー合計は575kcalです。
昼食 575kcal | ||
料理名 | 食品名 | 1人あたりの正味量(g) |
とろみ粥 | 米 水 とろみ調整 |
60 300 1 |
味噌汁 | 麩 白菜 大根 和風だし 淡味噌 |
1 15 15 120 6 |
鮭の南蛮漬け | 鮭(骨なし) コショウ 片栗粉 油 玉ねぎ ピーマン 赤パプリカ 砂糖 酢 しょうゆ みりん 出汁 |
60 0.1 4 8 20 10 10 4 4 4 2 0.2 |
小松菜くるみ和え | 小松菜 くるみ ピーナッツバター 砂糖 しょうゆ |
45 5 3 3 4 |
りんごゼリー | りんごゼリー | 40 |
夕食の鶏の治部煮は鶏もも肉ではなく、鶏ひき肉と絹ごし豆腐を混ぜて一口大の小さな団子にします。野菜類は昼食同様細かく刻みます。長芋の梅和えは、かつお節と刻み海苔が喉に引っ掛かりやすいので、出汁を使用して水分多めに調整します。夕食のエネルギー合計は469kcalです。
夕食 469kcal | ||
料理名 | 食品名 | 1人あたりの正味量(g) |
とろみ粥 | 米 水 とろみ調整 |
60 300 1 |
鶏の治部煮 | 鶏ひき肉 絹ごし豆腐 鶏卵 片栗粉 大根 里芋 人参 和風だし 砂糖 しょうゆ 酒 グリーンピース |
30 30 5 5 50 15 15 40 2 5 3 5 |
長芋梅和え | 長芋 梅 かつお節 出汁 刻み海苔 |
40 5 0.5 10 0.3 |
湯葉とみつばのすまし汁 | 出汁 湯葉 乾 みつば |
120 10 5 |
桃 | 白桃缶詰 | 40 |
1日の合計エネルギーは1732kcal、タンパク質量は52.1gでした。おおむね1日の必要推奨量を満たしているかと思います。献立作成の参考にしてみてください。
食事に義務感をもっている高齢者
国立長寿医療研究センターによる調査で、在宅診療を利用している、在宅療養高齢者のうち、低栄養・または低栄養のおそれありの者の割合が70%に上るということが分かりました。
さらに、その70%の低栄養・または低栄養のおそれありの者のうち、35.7%の人が「食べる事に対して義務感がある」と回答しています。これはどういうことかというと、低栄養に対する栄養ケアを必要としている在宅療養の方の中に、本来食事は美味しく楽しく食べるものであるはずが、「食べなければいけない」という義務感を持っている高齢者が半数以上いるということです。
在宅療養者の主な疾患
脳血管障害、心疾患、認知症、骨・関節症、呼吸器疾患、糖尿病、腎疾患、高血圧など
通院が困難な在宅療養者に対しては、管理栄養士が自宅を訪問して栄養食事指導を行う制度があるが、療養者本人だけでなく、実際に買い物をしたり料理をする療養者の家族や介護者、担当のホームヘルパーに対しての栄養食事指導が必要になる場合もあります。地域の福祉施設や行政との連携も必要不可欠です。
低栄養を予防するためには、ただ料理を作り提供するだけの介護食ではなく、高齢者の慣れ親しんだ好みや味に配慮しながら、彩りやにおい、使う食器や食べる環境にも気を配ることが大切です。また旬の食材を使った行事食を取り入れたり、季節を感じる工夫なども必要なことであると考えます。
参考文献
日本栄養士会雑誌より「訪問診療を利用している在宅療養高齢者の摂食困難に関する検討」
eヘルスネット
臨床栄養管理
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